この街。
監督と初めて会ったのはここ。
りーにん班長もわざわざ寄ってくれたのも。
いずれも10年近くが経過。
身近な地元駅を往く度に
それを思い出すのはいいことだと思う。
土曜の夜、忘年会でした。
時間の許す限り付き合って
終電前までにはと計算しながら
ラーメンかいざん、船橋店。
呑んだあとはまずここ。
人気の店です。
デフォルトのかいざんラーメン中盛。
2025ラーメンfile#037
そこでさらに私鉄に乗り
さらなる地元駅に到着。
愛知は豊橋生まれだけど
物心ついたときからこの街で
幼少、青少年、大人時代を過ごし。
二人の息子たちもこの街で育てた。
時は流れ目の前を変えていっても
駅って絶対動かないし
大きな駅じゃないから
その装いが変わらないっていいね。
なんか、そう考えながら
駅の階段をおリでは
ほろ酔いの感慨オヤジ。
この街が好きだから。
-完-
この記事へのコメント
おいらは北浦和、南茨木(大阪)、南与野、太古(香港)、南林間(大和市)、南与野、東川口と変遷してますが、やはり23年間を過ごした幼少からの北浦和が一番思い出深いですね
駅前とかは随分変わっちゃいましたけどね
忙しい中、合竜してもらったのを覚えています。
今回の記事、BGMは森高千里さんの「この街」に決まりですね。
張りきってどうぞ!
忘年会のシーズンですね。今はもう忘年会など遥か彼方です。
幼少期から育って馴染んだ街はやはりいいですね。色々な思い出がいっぱい詰まっています。
はい、昔は船橋ヘルスセンターでした(^^♪
この変遷、すべて聞いたことある長いつきあいに乾杯!
幼少から23年はそりゃもう原風景の塊ですから
そうなりますよね。
そっか、厚木の時は南林間だったんですねぇ。
また来てねぇ、いつでも
色んな店がいくらでもありますから(^^♪
そう今回の記事のコンセプトはまさにそれ
かいざんで、古いラジオから渡良瀬橋がかかってたのが
酔っぱらいながらではありましたが伏線となったんだと思います。
コロナを機にぐっと減りました
特にお呼ばれするようなビジネス忘年会はなくなりましたねぇ。
30代を中心とした10年以外は
今のところにずっといます。
当たり前のように過ごしてますけど
改めてその積み重ねを思うと
なんだか感慨深く思えてきます。